紀元前960年代:ソロモンの神殿

ソロモン王は、 紀元前1011年頃〜931年頃にいたとされているイスラエルの王です。

古代エルサレムにソロモン王が建設したとされるイェルサレム神殿は、900年後にロデ神殿として改築されるも、紀元70年のユダヤ戦争において破壊されてしまい、 外壁であった西と南の壁が、現在では「嘆きの壁」として有名です。

ソロモン王といえば、最も有名な逸話「ソロモンの指輪」があります。
Wikipedia から参照していますが、『ソロモン書』によれば、
ソロモンがイェルサレム神殿の建設を進めていた折りに、 この神殿の建設がなかなか進まず、モリヤ山の高く突き出た岩に登り、神に祈ったところ、 神(いと高きツョバト)の命を受けた大天使ミカエルが現れ、黄金に輝く指輪をソロモン王に与えました。
ソロモン王は、この指輪の力により、多数の天使と悪魔を使役し、神殿を完成させたとの事。

この時、ソロモン王が使役した悪魔は、後世に成立したグリモワール『レメゲトン』の第1書「ゴエティア」によれば、72の悪魔とされているようです。
また、それぞれが地獄における爵位があるのだとか。

さて、エノクの鍵によれば、 エノク(大天使メタトロン)によれば、地上にあるほとんどの神々は、堕天した存在だとあります。
ソロモン王が使役した悪魔をひとつずつ調べていくと、そのほとんどが ある地方で祀られていた神であったり、またかつての神に関与したものであったり、という起源があるようです。
一番有名なところでいうと、悪魔バアルは、パレスチナやシリア、フェニキアで崇拝されていたバアル神である事が見えてきますし、 アスタロト等は、メソポタミアの女神イシュタールにその起源を見る事ができます。

とくに気にかかった悪魔として、アモンという悪魔がいます。
グリモワールが成立した中世においては、アモンは梟頭の姿をした悪魔として描かれていますが、 『悪魔の事典』の著者フレッド・ゲティングズは、アモンを エジプト神話に登場する神アムンが悪魔として解釈された存在ではないかと推論しており、 コラン・ド・プランシーも『地獄の辞典』において、アムンと同一視しているとしています。

アムンとは、エジプトの太陽神アメン・ラー神の事を意味するのですが、 ソロモン王が生きていた紀元前1000年頃というのは、 エジプトではのテーベにおいて、アメン大司祭国家が隆盛していた時代でもあり、太陽神アメン・ラー神は非常に信仰が篤い神でした。 タニスではイシュタールを起源とする女神アスタルテなども崇拝されていたようです。

エジプトがそんな状態である隣国において、片やソロモン王が悪魔としてアモン(アメン・ラー神)を使役していたとは、ちょっと考えにくいイメージのように思います。 しかもソロモン王はエジプト第21王朝のファラオ(王)の娘シバを王妃に迎えていますので関係としても友好国であったではないでしょうか。
こうして考えてみると、どことなく内容に矛盾を感じるところがあります。

おそらく、時代背景を整理していくとこうではないかと思う事なのですが、
その存在が天使であるか悪魔であるかという話はそもそも紀元後年間で定義された話であり、 当時の認識としては「異教徒の神々」もしくは「地方の信仰の神々」という程度の事だったのではないか、と考えるのが自然なんだろうと思います。

この事をふまえて、イエルサレム神殿の建設はどのようなものだったのかを振り返ると、また違った側面が見えてきます。

これがもし、72の異教徒というよりも、同頭数におけるそれぞれの価値観や宗教観を持った人々が協力して建設した神殿であった... ということであれば、イェルサレム神殿は平和の象徴たる神殿だったのかもしれません。
そうであれば、ソロモン王の治世が周辺諸国とも争いなく平和だった、という事も「とてもしっくりくる話なんだけどなぁ」と思う次第です。