西暦871年〜880年

871年(貞観十三年):辛卯
アルフレッドがイングランド王となる(- 899年)。 アイスランドの植民始まる。
藤原時平が生まれる。
4月8日、鳥海山噴火。土石流または泥流が海域に達する(日本三代実録巻二〇)。
※鳥海山は、山形県と秋田県に跨がる標高2,236mの活火山。
8月、京都洪水により、賀茂川堤防での水・陸田の耕作を禁ずる。
10月、貞観式を施行する。
872年(貞観十四年):壬辰
3月、「貞観寺田地目録帳」できる。
7月、官物出納の罪の国司連座を止めさせる。
イスラエル/ヘブライ歴4632年にあたる年。
カバリスト(ユダヤ教の神秘主義思想家)のラビ、ピンチャス師と彼の妻レイチェルとの間に、ナシュマン・チャトファという子供が生まれる。 彼は、赤子ながらに宗教的に深遠な秘密の話を語り始めたと言われている。 しかし、父親のピンチャス師はこの内容に対してショックを受け、子供を叱った。 それ以来、何年も言葉を発しなかった。
873年(貞観十五年):癸巳
「広隆寺資財帳」ができる。
サッファール朝がターヒル朝を倒しホラーサーン地方を獲得。
12月、筑前国に警固田・府儲田を置く。
874年(貞観十六年):甲午
聖宝が醍醐寺を創建。
唐で、黄巣の乱が起こる。(年末)
唐の僖宗皇帝が法門寺に仏舎利ほかの宝物を寄進し封印する(法門寺地下宮殿宝物)。
『植民の書』ではノルウェー人首領インゴールヴル・アルナルソンが最初のアイスランド定住したと伝える。
シーア派の十二イマーム派では第12代イマームのムハンマド・ムンタザルが隠れイマーム(ガイバ)となったとされる。
3月4日、薩摩国開聞岳噴火。付近の集落(橋牟礼川遺跡の項参照)に降灰等の被害。
6月、唐の商人、肥前国に来着する。
12月、在京諸司の交替を厳格に行わせる。
875年(貞観十七年):乙未
唐で黄巣の乱が起こる。(- 884年) 
中央アジア最初のイラン系イスラム王朝であるサーマーン朝が興る。
イタリアにおけるカロリング朝の断絶。
5月、下総国の俘囚反乱し、隣国に鎮圧させる。
11月、出羽国、渡島の狄(えびす、蝦夷)の秋田郡等への来襲を報告する。
876年(貞観十八年):丙申
清和天皇、譲位する。
淳和皇后が恒寂(恒貞親王)を開山に迎え、大覚寺(旧嵯峨院)が創建される。
アンデルナハの戦いで、東フランク王ルートヴィヒ3世ら三兄弟が西フランク王シャルル2世を撃退。
3月、肥前国松浦郡の庇羅・値嘉両郡を2郡とし、値嘉島とする。
6月、京内の6年以上計帳を出さない戸の口分田を収公する。
12月18日(貞観18年11月29日)、清和天皇が譲位。貞明親王が践祚し、第57代天皇・陽成天皇となる。
877年(元慶元年):丁酉
第57代陽成天皇、即位。
9歳で清和天皇から譲位され帝位に就く。在位の初めは父上皇、母高子、摂政藤原基経(天皇の叔父)が協力して政務を見た。父清和上皇の死後、高子と基経が対立。 陽成天皇には乱れた行いが多く、一説によると殺人を非常に好んだらしく、囚人を騙して裸で塔に登らせそれを矢で射殺したり、女官を縄で縛って池に投げ込み溺死させたりして楽しんだとも言われている。その上、ついには臣下を殴り殺すという事件を起したために、基経によって退位に追い込まれたという。ただし、陽成天皇の暴君説は退位時の年齢が17歳(満15歳)であり、疑問点も多く、天皇を廃位した基経の罪を抹消するための嘘だともいう。 歌人として優れたらしいが、小倉百人一首に採録された一首が伝わるのみである。 元号を元慶(がんぎょう)に改める。
トゥルーン朝がシリアを併合。
キエルジー勅令により西フランク王シャルル2世が諸侯の官職の世襲を認める。
ロカのヤルルン渓谷を叛徒に占領され吐蕃が滅亡する。
西フランク王国、キエルジー勅令:領主制の法制化を意図。
東ローマ帝国、ローマ教皇との抗争再開。 黄巣、華北各地を転戦。
1月20日(元慶元年1月3日)、陽成天皇が即位。
7月、唐、平盧節度使宋威、王仙芝を沂州城下で大破。 唐商、台洲より多治安江らを載せ筑前国に来着する。
12月、この月より以前に、入唐僧智聡、帰国する。
878年(元慶二年):戊戌
エサンドゥーンの戦いで、王アルフレッドがヴァイキングのデーン人の侵入を撃退。ウェドモーアの和議が結ばれる。
元慶の乱が起こり藤原保則が陸奥の蝦夷平定に派遣される。
広州大虐殺。
3月、50年ぶりに畿内に校田を行う。出羽国の夷俘反乱し、秋田城等を焼く。元慶の乱の勃発
4月、陸奥国・上野国・下野国より出羽国へ援軍を送る。春から夏にかけて、前年以来の旱魃により飢饉となる。
8-9月、秋田城下の反乱の夷俘相次いで投降する。 令外官として押領使を新設
879年(元慶三年):己亥
コンスタンティノポリスの教会会議による総主教フォティオスの復権( - 880年)。
ボソにより下ブルグント王国が独立し、プロヴァンス地方がその版図となる。
クロアティアの独立がローマ教皇ヨハネス8世に認められる。
3月、出羽国より援軍撤退する。
旧暦3月16日、肥後国鞠智城の兵舎の戸が自ら鳴る(『日本三代実録』元慶三年三月十六日条)。この記事以降、文献上に鞠智城に関する記録は無い。
11月、日本文徳天皇実録が完成する。
12月、京畿内に斑田。畿内に官田4千町を置き公用に充てる(元慶官田)。 元慶の乱の終焉。
880年(元慶四年):庚子
リブモント条約により西フランク王国がロレーヌ西部を放棄。カロリング家の領土相続争いが決着する。
黄巣が洛陽・長安を占領。
皇帝僖宗は蜀に逃亡する。
3月、筑後国で斑田(口分田を分ける)。
10月14日、出雲国大地震(三代実録巻三八)。
12月、黄巣の軍が長安を占拠し、皇帝の僖宗は四川に難を逃れる
12月6日 - 山城国、京都に大地震。大極殿をはじめ皇居に大きな被害(三代実録巻三八)。