西暦1111年〜1120年


保安二年(1121年)
※調査中
保安三年(1122年)
神聖ローマ帝国皇帝ハインリヒ5世とローマ教皇カリストゥス2世がヴォルムス協約を締結。叙任権闘争に一応の終止符をうつ。
保安四年(1123年)
鳥羽天皇、21歳にて譲位する。 崇徳天皇、白河法皇の影響の下、鳥羽天皇に譲位され、5歳で皇位につく。
天治元年(1124年)
元号を天治(てんじ)と改める。
天治二年(1125年)
金、遼を滅ぼす。
大治元年(1126年)
元号を大治(だいじ)と改める。 靖康の変が起き、金が北宋を滅ぼす。翌年北宋皇帝の弟趙構が南京で南宋を立てる。
大治二年(1127年)
新立の荘園を停止する(大治の荘園停止令)。
大治四年(1129年)
白河法皇、77歳にて崩御。 白河法皇の死後、鳥羽上皇、院政を敷く。白河法皇に疎んじられていた藤原忠実を呼び戻して、院の要職を自己の側近で固めた。崇徳天皇、近衛天皇、後白河天皇の三代28年に渡り実権を掌握。 また、皇后の美福門院に動かされて崇徳上皇を疎んじ、鳥羽法皇の崩御の直後に保元の乱が勃発する原因を作った。
大治五年(1130年)
ノルマン人が南イタリア・シチリアにシチリア王国を建国。