西暦1869年(明治二年)

明治天皇、東京に遷って東京城(旧・江戸城)を皇居と改称した。(別居は、九州の高千穂。)
京橋の凮月堂がパンの販売を始める
ハインリッヒ・シーボルト来日


1月27日(明治元年12月15日)、戊辰戦争: 旧幕府軍がいわゆる「蝦夷共和国」を樹立

2月11日(明治2年1月1日)、観音埼燈台点燈
2月23日(明治2年1月13日)、小菅県設置
2月26日、米国で憲法修正第15条が提案(1870年批准成立)

3月4日、ユリシーズ・グラントが第18代米大統領に就任
3月6日(明治2年1月24日)、歌会始復興
3月6日(明治2年1月24日)、ドミトリ・メンデレーエフが元素の周期律表を発表
3月10日(明治2年1月28日)、大宮県設置
3月19日(明治2年2月7日)、公議所開所
3月20日(明治2年2月8日)、新聞紙の刊行を許可
3月21日(明治2年2月9日)、品川県設置
3月24日(明治2年2月12日)、金座・銀座を廃止
3月25日(明治2年2月13日)、東京府で朱引内市街地(開墾禁止)と朱引外郷村(開墾奨励)を設定

4月8日、アメリカ自然史博物館設立
4月13日、ジョージ・ウェスティングハウスが空気ブレーキの米国特許を取得
4月18日(明治2年3月7日)、東京奠都: 明治天皇が京都を出発
4月18日(明治2年3月7日)、公議所開所
4月26日(明治2年3月15日)、天文方および浅草・九段の天文台を廃止

5月9日(明治2年3月28日)、東京奠都: 明治天皇が東京に到着
5月10日、米国で大陸横断鉄道が開通
5月20日(明治2年4月9日)、戊辰戦争: 箱館湾海戦

6月15日、ジョン・ハイアット(英語)がセルロイドの米国特許を取得
6月27日(明治2年5月18日)、戊辰戦争: 箱館戦争終結

7月1日(明治2年5月22日)、弾正台設置
7月3日(明治2年5月24日)、為替会社設立
7月15日、メージュ・ムーリエ(英語)がマーガリンの仏国特許を取得
7月18日、勝海舟、維新政府の外務大丞に任官。
7月25日(明治2年6月17日)、版籍奉還。明治天皇は版籍奉還の上表を勅許した。当初、新政府内では公家や旧大名が中心を占めていたが、東京へ遷ったことも一つのきっかけとして、次第に三条実美、岩倉具視、木戸孝允、大久保利通らの発言権が大きくなっていった。
7月30日(明治2年6月22日)、海軍操錬所(後の海軍兵学校)設立

8月6日(明治2年6月29日)、戊辰戦争の官軍側戦死者を祀る神社として東京招魂社(後の靖国神社)創建
8月13日(明治2年7月6日)、勝海舟、外務大丞を辞す。
8月15日(明治2年7月8日)、明治政府が太政官制を導入(職員令により民部省・大蔵省・兵部省・刑部省・宮内省・外務省の二官六省制を採用)
8月15日(明治2年7月8日)、 明治政府が蝦夷地に開拓使を設置
8月15日(明治2年7月8日)、大学校設立。
8月15日(明治2年7月8日)、神祇官内に宣教使が設置され、宣教長官に中山忠能・同次官に福羽美静が任命された。福羽は神祇官が神祇省と改められた後には事実上の最高責任者である神祇大輔を務めている。
8月19日(明治2年7月12日)、有栖川宮幟仁親王は、中務卿の位は「御親政が復活するのに、有名無実の官職を持ち続けるのは不謹慎」として一品を返上。
8月20日(明治2年7月13日)、勝海舟、諱を安芳と改める。
8月29日(明治2年7月22日)、エディンバラ公アルフレッド王子来日(外国皇族の初来日)

9月5日、バイエルン王国でノイシュヴァンシュタイン城起工
9月11日、ナショナル・ウォレス・モニュメント完成
9月20日(明治2年8月15日)、蝦夷地を北海道と改称
9月22日、リヒャルト・ワーグナー歌劇「ラインの黄金」初演(ミュンヘン)
9月24日、米国で金融恐慌(暗黒の金曜日 (1869年)(英語))

10月1日、オーストリア=ハンガリー帝国で世界初の絵はがき発行
10月16日、ガートン・カレッジ創設(英国初の全寮制女子カレッジ)
10月22日(明治2年9月18日)、海軍操練習所(後の海軍兵学校)設置(築地)
10月27日(明治2年9月23日)、私塾立命館創設(西園寺公望)
10月27日(明治2年9月23日)、ジョン・ウィリアム・フェントンが妙香寺で薩摩藩兵に軍楽隊の指導を開始

11月4日、ネイチャー創刊
11月7日、世界初の自転車ロードレースがパリ〜ルーアン(英語)間で開催
11月17日、スエズ運河開通
11月22日、英国で帆船カティーサーク号が進水式(ダンバートン(英語))
11月23日、勝海舟、兵部大丞に任官。
11月27日(明治2年10月24日)、東京奠都: 皇后が東京に到着

12月1日、ルパート・ランドがハドソン湾会社から自治領カナダに譲渡
12月8日、第1バチカン公会議開催(、1870年)
12月25日(明治2年11月23日)、公衆電報を取扱開始(東京〜横浜間)