西暦1884年(明治一七年)

この年、諏訪之瀬島大噴火。溶岩流出する。(日本火山総覧)
間近に控えた議会創設に備えて、立憲制に対応する諸制度を創設した。内閣制度、市町村制、府県制、郡制の制定など、津々浦々に至る官僚制支配体系の整備と並行して、莫大な皇室財産の設定を行なった。


1月4日、英国でフェビアン協会創立
1月4日、官吏恩給令布告: 文官の恩給制度が発足
1月18日、ゴードン将軍がハルツームに向けロンドンを出発
1月24日、太政官文庫(後の内閣文庫)設立
1月26日、哲学会創立(井上圓了)
1月29日、浅草橋開橋式(鉄橋となる)

2月1日、オックスフォード英語辞典第1巻(AからAnt)発刊
2月18日、ゴードン将軍がハルツームに到着
2月18日、レフ・トルストイ『わが信仰はいづれにありや(в чем моя вера)』が警察により全刷没収さる

3月13日、ハルツーム包囲戦(Siege of Khartoum)開始(〜1885年1月26日)
3月26日、東京商業学校設置(商法講習所が官立となり改称)

4月4日、太平洋戦争: ボリビア・チリ間休戦協定締結(バルパライソ条約)
4月下旬、明治天皇は、森が文部省の顧問である御用掛に任命される事を知ると、「病気」を口実に伊藤(宮内卿兼務)ら政府高官との面会を一切拒絶し、6月25日まで2ヶ月近くも公務を放棄して引籠もって承認を遅らせている。こうした事態を憂慮した伊藤は初代内閣総理大臣就任とともに引き続き初代宮内大臣を兼ねて天皇の意向を内閣に伝えることで天皇の内閣への不信感を和らげ、伊藤の目指す立憲国家建設への理解を求めた。

5月1日、日本鉄道上野・高崎間開通
5月11日、『自由燈』創刊(星亨)(後のめさまし新聞)
5月11日、清仏間で天津協約(Tientsin Accord)締結
5月13日、米国電気電子学会(IEEE)創立
5月15日、群馬事件: 自由党員が群馬で蜂起
5月31日、ジョン・ハーヴェイ・ケロッグがコーンフレークの特許を取得

6月1日、東京気象台が日本初の天気予報を発表
6月6日、フランス・ベトナム間で第二次フエ条約(パトノートル条約)締結: 保護国化を確認
6月7日、商標条例制定
6月12日、鹿鳴館で日本初のバザー開催(〜14日)
6月23日、バクレ待伏せ事件(Bac Le ambush): 清仏戦争の直接原因となる
6月23日、上野不忍池に競馬場完成

7月3日、ダウ・ジョーンズ社が最初の株価平均を発表
7月4日、自由の女神像がパリで米国に贈与さる(完成1886年)
7月5日、カメルーン全土がドイツの勢力下に置かれる。
7月5日、米国で修正排華移民法(Chinese Exclusion Act)成立
7月7日、華族令制定: 華族を公・侯・伯・子・男の五段階の爵位に規定
7月12日、フランスが清にバクレ待伏せ事件の賠償を要求し最後通牒を出す
7月21日、横須賀造船所開渠式
7月31日、清がフランスの賠償要求を拒否
7月31日、外濠に八重洲橋新設

8月5日、米国べドロー島で自由の女神像定礎式
8月23日、清仏戦争: 福州海戦(Battle of Fuzhou)により戦争開始

9月23日、加波山事件: 自由党員が専政政府打倒をスローガンとして茨城県加波山で蜂起
9月23日、ハーマン・ホレリスがタビュレーティングマシンの特許を申請
9月25日、今日新聞(後の都新聞)創刊

10月1日、清仏戦争: 仏軍が基隆を占領
10月6日、米国海軍大学(Naval War College)設立 10月8日、清仏戦争: 淡水の戦い(Battle of Tamsui)
10月13日、国際子午線会議(英語)にてグリニッジ子午線を本初子午線と決定
10月14日、ジョージ・イーストマンがロールフィルムの特許を取得
10月23日、清仏戦争: フランスが台湾の封鎖を声明
10月29日、自由党解党式
10月31日、秩父事件: 埼玉県秩父郡の農民が武装蜂起

11月4日、米大統領選挙でグロバー・クリーブランドが僅差で勝利
11月9日、秩父事件: 軍隊により鎮圧
11月6日、英国がニューギニア島南東部の領有を宣言
11月15日、ベルリン会議開催(〜1885年2月26日)

12月4日、飯田事件: 自由党員の名古屋鎮台襲撃計画が発覚
12月4日、朝鮮で甲申政変
12月6日、ワシントン記念塔完成(冠石(アルミニウム)を設置)
12月15日、東海鎮守府が横浜から横須賀に移転(横須賀鎮守府)
12月17日、名古屋事件: 愛知自由党員の政府転覆計画が発覚
12月27日、火薬取締規則・爆発物取締罰則布告(施行1885年1月15日)