西暦1915年(大正四年)

概要

大正天皇、京都御所で即位の礼を行なうが、その性格と病状の悪化から「頼りない」「頭が弱い」などという認識が、山縣ら政界の一部での公然とした認識となった。天皇自身、即位後の急激な環境の変化と、山縣らの冷淡な態度に過度のストレスを持つようになる。 そんな中で御用邸の休暇には、ヨット、乗馬や漢詩作りに癒しを求めていく。だが、第一次世界大戦による国際情勢とその中における日本の立場の大きな変化は、僅かばかり残された天皇の自由を奪っていく事になる。 サマセット・モーム『人間の絆』 芥川龍之介『羅生門』


1月13日、イタリア王国アヴェッツァーノで大地震(M6.8、死者約3万人)
1月18日、日本は中華民国の袁世凱政権に対華21ヶ条を要求
1月19日、第一次世界大戦: 独軍が英本土をツェッペリン飛行船で空爆開始
1月24日、テキサス州でサンディエゴ計画発覚

2月4日、第一次世界大戦:ドイツ海軍がイギリス周辺を交戦海域に指定し、Uボートによる無制限潜水艦戦が開始される。

3月18日、第一次世界大戦:連合国によるダーダネルス海峡進攻作戦(ガリポリの戦い)が失敗
3月25日、第12回衆議院議員総選挙

4月22日、ベルギーで行われたイーペルの戦いで、ドイツ軍が毒ガス使用。フランス兵15000人が中毒を起こし、その内のおよそ5000人が死亡。
4月26日、第一次世界大戦:イタリアが連合国側に参戦する代わりに、南ティロル、ダルマチアなどを得るロンドン密約が結ばれる。

5月7日、イギリス客船ルシタニアが、ドイツのUボートの攻撃を受けて沈没する(ルシタニア号事件)。乗客1198人が死去。その内、米国人が139人。
5月9日、袁世凱政権が日本の対華21ヶ条要求を受諾
5月17日、第36特別議会召集
5月23日、第一次世界大戦:イタリアが連合国側で参戦

6月6日、焼岳噴火。長さ1kmの亀裂が生じ、数十個の火口が形成。泥流で梓川がせき止められ、洪水。大正池を生成する。(日本火山総覧)
6月7日、ロシア・中華民国・モンゴル、キャフタ協定に調印。モンゴルに対する中華民国の宗主権の存在に合意。
6月23日、第一次イゾンツォの戦い(〜7月7日)

7月18日、第二次イゾンツォの戦い(〜8月3日 )
7月某日、米国がハイチを占領する。
7月某日、第一次世界大戦:イギリスがフサイン・マクマホン協定を結び、戦後のアラブ独立を約束する。 7月某日、石原純、論文「重力の相対論」(「東北帝大理科報告」)

8月18日、第1回全国中等学校優勝野球大会 (後の全国高等学校野球選手権大会) 開幕
8月30日、第一次世界大戦:ドイツ海軍、Uボート部隊に商船への無警告攻撃を禁止する布告を出す。

9月5日、スイスのツィマーバルトで社会主義者国際反戦会議が開催

10月11日、第一次世界大戦:ブルガリアが同盟国側で参戦
10月18日、第三次イゾンツォの戦い(〜11月3日)
10月19日、第一次世界大戦:日本が戦後の権益に関する連合国側の秘密協定であるロンドン宣言に加入

11月10日、第四次イゾンツォの戦い(〜12月2日)
11月29日、第37議会召集
11月某日、田辺元「最近の自然科学」

12月9日、三毛別羆事件発生
12月12日、袁世凱が中華帝国の皇帝を宣し、元号を洪憲とした。