西暦1929年(昭和四年)

概要

世界恐慌が起こる。 川面凡児翁、死去。現、滋賀県甲賀市にある「油日神社」にて埋葬される。 アルフレッド・ノース・ホワイトヘッド「過程と実在 コスモロジーへの試論」。 プラハで第1回国際スラヴィスト会議開催。 ギリシャ、独立100周年 語劇が再び中止に追い込まれる。


1月、ヨシフ・スターリンが、レフ・トロツキーを国外追放。スターリンの独裁体制がここに完成。

2月11日、ラテラノ条約調印
2月14日、聖バレンタインデーの虐殺
2月22日、合名会社江崎商店が株式会社江崎(後の江崎グリコ)に組織変更 青森県車力村の1927年以来の小作争議が激化し警官隊と衝突

3月、小原國芳によって東京府南多摩郡町田町(現町田市)に玉川学園設立される。
3月5日、山本宣治殺害事件。
3月18日、先代の首相官邸(現首相公邸)が竣工。

4月1日、小田急江ノ島線、相模大野駅~片瀬江ノ島駅間開通。
4月10日、折口信夫「古代研究」第I巻 国文学篇。
4月15日、初のターミナルデパート、阪急百貨店が開店。
4月16日、共産党員一斉検挙( 四・一六事件)

5月1日、東京市で午砲「ドン」が廃止。サイレンとなる。

6月4日、隅田川に厩橋完成
6月16日、北海道駒ヶ岳が爆発
6月17日〜19日、北海道駒ヶ岳大噴火。火砕流と火山ガスが発生。焼失、全半壊、埋没など1915余。死者2人、負傷4人、牛馬136頭死亡。(日本火山総覧)

7月1日、張作霖爆殺事件責任者の処分発表。処分が軽すぎると天皇が首相田中義一を叱責。
7月2日、田中義一内閣総辞職。濱口内閣成立。
7月24日、日本が「戦争抛棄ニ関スル条約」(不戦条約)を批准

8月15日、北海道鉄道疑獄事件
8月、エルサレムで、ユダヤ人とアラブ人が対決する、嘆きの壁事件勃発。

9月12日、武蔵高等工科学校(武蔵工業大学(現東京都市大学)の前身)開校
9月15日、ダイヤ改正(列車増発・時間短縮)、列車愛称始まる(一・二等特急「富士」・三等特急「櫻」)。
秋頃、1920年代にはイギリスに代わって世界最大の工業国としての地位を確立し、第一次世界大戦後の好景気を謳歌していたアメリカ合衆国は、経済が生産過剰に陥ってしまう。

10月24日、ニューヨーク証券取引所で株価が大暴落。世界恐慌の引き金となる(いわゆる「ブラック・サーズデー」)。 経済に先立つ農業不況の慢性化や合理化による雇用抑制と複合して株価が大暴落。 ヨーロッパに飛び火して世界恐慌へと発展した。英仏両国はその対策としてブロック経済体制を築き、アメリカはニューディール政策を打ち出してこれを乗り越えようとした。 しかし、広大な植民地市場や豊富な資源を持たないドイツやイタリアではこのような解決策は不可能だった。 両国の国民は絶望感と被害者意識をつのらせ、ファシズム、ナチズムの運動が勢力を得る下地が形作られた。

北海道の天災→アメリカの世界恐慌に発展?(第二次世界大戦のきっかけ?) 日本は第一次世界大戦における同盟国であった英米との協調外交を指向していたが、第一次世界大戦の終結後に国力を増した日本に対し、アメリカで「日本脅威論」が勃興し、これを受けた日英同盟の解消と四カ国条約の締結、さらにアメリカにおける「排日移民法」の成立などを経て、日英、日米関係は距離を取り始め、さらに満洲や内モンゴル(満蒙)の支配権を巡り次第に対立するようになる。 さらに日本は昭和金融恐慌以後の苦境からの脱出を図り、円ブロック形成・拡大するため中国大陸進出を推進した。

11月3日、光州学生事件
11月22日、近鉄花園ラグビー場が開場。

12月16日、東京駅に八重洲口開設
12月21日、人形クラブ(現人形劇団プーク)結成第一回公演
12月23日、第57議会召集。