西暦1952年(昭和二七年)

1952年 概要

アメリカ/1943年10月28日のレインボー・プロジェクトから発生したフィラデルフィア実験の結果から兵器の利用の可能性を考えたアメリカ軍は、このプロジェクトを引き継いだ「モントーク・プロジェクト」を開始する。 「請訓」運動が行われる。(-1953年)


出来事

1月4日、イギリスがスエズ運河を封鎖。
1月13日、黄変米問題発生。
1月18日、韓国大統領・李承晩が海洋主権宣言を行い、漁船立入禁止線を設定した(李承晩ライン)。
1月21日、白鳥事件が発生。
1月23日、国会中継の放送がスタート。
1月30日、モスクワ地下鉄5号線環状線がベラルースカヤ駅まで延伸。

2月4日、第一大邦丸事件。
2月6日、イギリス国王ジョージ6世が薨去、エリザベス2世即位(戴冠は同年6月2日)。
2月6日、イギリス・ウィンザー城でジョージ6世の国葬挙行。
2月8日、改進党結成。
2月18日、陣屋事件。将棋の王将戦で升田幸三が木村義雄との対局を拒否。
2月18日、トルコがNATO加盟。
2月19日、青梅事件発生。
2月20日、東大ポポロ事件発生。
2月21日、東パキスタン(現バングラデシュ)で、警官による学生に対する発砲事件が発生。その後の国民的抗議運動に発展、結果的に東パキスタンでベンガル語が公用語と認可されることとなり、UNESCOは後日この日を「国際母語デー」に認定する。
2月21日、木造地区警察署襲撃事件。
2月25日、米谷事件発生。
2月26日、イギリス首相ウィンストン・チャーチル、同国が核兵器を保有したことを公表。
2月28日、日米行政協定調印。

3月4日、十勝沖地震。震害は北海道に集中したが、津波は太平洋沿岸の広範囲に達する。死者28人、負傷者287?621人、不明者5人。全壊815?1614、半壊1324〜5449戸、家屋流出等被害8973棟。(被害数値は国警と北海道旬刊弘報の両方による)新冠の泥火山8つの内1つも活動。前日が三陸津波記念日で、津波避難訓練をしていたため、津波による被害は小さかった。(日本被害地震総覧)
3月10日、キューバでフルヘンシオ・バティスタがクーデター。
3月20日、アメリカ合衆国政府、日本国との平和条約を批准。
3月29日、国警都本部は小河内村の日共山村工作隊を逮捕。

4月1日、琉球中央政府発足。
4月1日、硬貨式の公衆電話が登場。
4月5日、前年の火災で一部が焼失した中日球場のスタンド改築工事が終了。
4月6日、大村競艇場にて競艇が初開催される。
4月9日、もく星号墜落事故。搭乗員37人全員死亡。
4月10日。昭和天皇/香淳皇后、靖国神社参拝に行幸。
4月11日-15日、南日島戦役。
4月17日、鳥取大火、鳥取市。焼損棟数6786棟。
4月18日、日本と西ドイツの間に国交樹立。
4月26日、最終追放解除。岸信介ら5人は含まれず。
4月28日、日本国との平和条約発効により主権回復。日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約発効。日華平和条約締結(8月5日発効)。GHQ廃止。 サンフランシスコ講和条約が発効して日本が主権を回復し、昭和天皇は、報告のため伊勢神宮と神武天皇の畝傍山陵、明治天皇の伏見桃山陵、靖国神社をそれぞれ参拝した。 アメリカからの使節が皇居新宮殿について感想を述べたとき、「前のはあなたたちが燃やしたからね」と皮肉を返したと伝わる。皇居新宮殿以前に起居していた御常御殿は戦災で焼失しており、吹上御所が完成する1961年まで、天皇は戦時中防空壕として使用した御文庫を引き続いて住まいとしていた。 戦後は、天皇としての公務の傍ら、生物学研究者としての業績をあげた。

5月1日、血のメーデー事件。
5月1日、永谷園、「お茶漬け海苔」を発売。
5月2日、ロンドン~ヨハネスブルク間に、世界初の旅客用ジェット機就航。
5月9日、警官隊、早大の警官パトロール抗議集会に突入、学生ら100人以上負傷。(早大事件)
5月10日、石川県の北陸放送が日本海側初の民間ラジオ放送を開始。
5月13日、広島地裁被疑者奪回事件。
5月15日、日本とイスラエルの間に国交樹立。
5月19日、白井義男が日本人で初のボクシング世界チャンピオンになる。
5月26日、高田事件。
5月30日、大梶南事件。

6月2日、菅生事件が発生。
6月5日、万来町事件が発生。
6月15日、「アンネ・フランクの日記」刊行。
6月19日、アメリカ陸軍特殊部隊群結成。
6月24日、吹田事件。
6月24日、枚方事件。

7月13日、東ドイツ、国家人民軍結成。
7月16日、平和台事件が発生。
7月19日~8月3日、ヘルシンキオリンピック開催。日本代表がベルリンオリンピック以来16年ぶりに夏季オリンピック参加。
7月23日、パリ条約の発効により欧州石炭鉄鋼共同体が発足。
7月25日、プエルトリコがアメリカ合衆国自治領となる。
7月27日、ヴォルガ・ドン運河が開通。
7月29日、日本のアマチュア無線が再開。全国の30人に戦後初のアマチュア無線局予備免許発給。(アマチュア無線の日)

8月8日、巨人、プロ野球初の1000勝達成。
8月13日、日本が国際通貨基金 (IMF) に加盟。
8月14日、西ドイツが国際通貨基金 (IMF) と世界銀行に加盟。
8月26日、第14国会召集(8月28日解散)。
8月27日、西ドイツがイスラエルに対し、第2次世界大戦中のユダヤ人虐待およびホロコーストに対する賠償金として30億ドイツマルクを払う条約に署名。
8月28日、衆議院解散(抜き打ち解散)。

9月18日、ソヴィエト連邦、日本の国際連合加盟申請に拒否権発動。
9月21日、大相撲の4本柱がなくなる。吊屋根に4色の房がつく。
9月17日、ベヨネーズ列岩付近の海底が大爆発。発見した漁船にちなみ明神礁と名付けられる。
9月24日、明神礁調査に出ていた海上保安庁の調査船第五海洋丸が海底噴火で遭難、31名が殉職する。(日本火山総覧)

10月、お多福造酢株式会社(現:オタフクソース)設立。
10月1日、第25回衆議院議員総選挙投票。1950年に制定された公職選挙法に基づいて実施された最初の総選挙。(1953年3月14日解散)
10月3日、イギリスが初の原爆実験を実施し、アメリカ・ソ連に続く第3の核保有国となる。(ハリケーン作戦)
10月8日、予定されていた朝鮮戦争停戦協議が延期される。
10月14日、国際連合、ニューヨークの国際連合本部ビルの利用開始。
10月18日、巨人が日本シリーズで南海下し2年連続日本一。
10月20日、ケニアに戒厳令布告。
10月24日、第15特別国会召集。
10月25日、「日本国との平和条約」発効により、ポツダム命令がこの日で全て廃止される。

11月1日、アメリカがエニウェトク環礁で人類初の水爆実験を行う。
11月4日、カムチャツカ半島付近を震源とするマグニチュード8.25の地震発生。
11月4日、1952年アメリカ合衆国大統領選挙で、共和党候補のドワイト・D・アイゼンハワーが当選。
11月10日、皇居・表北ノ間で立太子の礼と皇太子成年式が執行された。同日、大勲位に叙され菊花大綬章を授けられる。また、立太子の礼に際しては、都道府県などがこれを祝う言葉を記したアドバルーンを都内上空に浮かべ、立太子を祝った。立太子礼に際しては記念切手が発行され、その図案には明仁親王の肖像が選ばれる予定であったが、宮内庁の反対によって実現しなかった。
11月25日、イギリスのイーストエンドで「The Mousetrap」の上演が始まる(世界最長ロングラン公演)
11月25日、大阪讀賣新聞創刊。 11月26日、五所川原税務署襲撃事件。
11月29日、アイゼンハワー、朝鮮半島を訪問。

12月4日、イギリス、ロンドンスモッグ事件。激しい大気汚染で数千人が死亡。
12月4日、マザー・テレサ、「死を待つ人々の家」を開設。
12月14日、プロ野球機構が「10年制度の特権」を定める。同一球団に所属はA級10年、複数球団に所属はB級10年。
12月24日、神戸放送(現・ラジオ関西)が日本の放送局では初めての電話リクエスト番組を実施。