西暦101年〜150年

101年:辛丑
カンボジアで扶南が建国される。
ローマに派遣された中国の軍事大使、甘英が死去。
新約聖書に登場するイエスの使徒の一人ヨハネが死去。
ローマ教皇クレメンス1世が死去。
102年:壬寅
後漢の武将(班固の弟)班超が死去。
105年:乙巳
後漢/元興に改元。 後漢の蔡倫が製紙法を改良する。
高句麗/宮(太祖大王)が、遼東郡に侵攻して6県を掠奪したものの、遼東太守耿菱の反撃にあって大敗。
106年:丙午
第2次ダキア戦争でトラヤヌス率いるローマ軍がデケバルス率いるダキア軍を撃破。これによりダキア全域をローマの属州とした。 ローマ帝国、ナバタイ及びアラビアを属州化。
107年:丁未
倭国王帥升ら、後漢の安帝に生口160人を献上する。
(後漢・永初1、丁未;『後漢書』安帝紀、同東夷伝)
この頃、倭は朝鮮の弁韓・辰韓の鉄を盛んに輸入する。(『魏志』韓伝)
108年:戊申
メートルイティル・メティリウス・ブラッドが領事に。
タキトゥスが『履歴』を書く。69年から96年までを記述。
110年:庚戌
後漢/馬融が大将軍の登隲に徴され、校書郎となる(登+おおさとへん)
111年:辛亥
大和/武蔵国の大國魂神社が創建
新羅/祇摩王が即位。
112年:壬子
古代ローマの文人、政治家「小プリニウス」の異名をもつガイウス・プリニウス・カエキリウス・セクンドゥスが死去。
113年:癸丑
トラヤヌスのフォルムにトラヤヌスの記念柱が建設される。
114年:甲寅
後漢/元初に改元。 ローマ皇帝トラヤヌスのパルティアに遠征(〜117年)。
属州アルメニアを獲得。 アルメニアの王パルサマシリスが死去(別説あり)。
大和/伝承のとおりであれば、日本武尊が伊吹山にて死去。
115年:乙卯
ローマ皇帝トラヤヌスが属州メソポタミアを獲得。
116年:丙辰
後のローマ教皇シクストゥス1世が生まれる(別説あり)。
3月3日、後のローマ教皇アレクサンデル1世が生まれる(別説あり)。
ローマ皇帝トラヤヌスが属州アッシリアを獲得。
117年:丁巳
倭国(現在の日本)にて、諸国での争いが発生する。当時、比較的交流の盛んであった中国の書籍には、様々な国名が登場する。 倭国、邪馬台国、奴国、句奈国、伊都国、筑紫国など、100余りあったと記録されている。 ローマ帝国のトラヤヌスがパルティアに遠征し、ローマが最大版図となる。
8月9日、属州キリキアのセレヌスにてローマ皇帝トラヤヌスが死去。
8月10日、ローマ帝国皇帝ハドリアヌスが即位。 先帝の獲得した東方属州(アルメニア・メソポタミア・アッシリア)を放棄。
118年:戊午
高句麗/6月。宮(太祖大王)は、穢貊とともに後漢の玄菟郡を襲う。
ローマ/ ティヴォリのヴィッラ・アドリアーナの建設がはじまる。
120年:庚申
後漢/永寧に改元。
成務天皇元年(121年):辛酉
大和国/8月、成務天皇が即位。 都を志賀高穴穂宮(しがのたかあなほのみや)現在の滋賀県大津市穴太に遷都する。125年9月、行政区画として国・郡(こおり)・県(あがた)・邑(むら)を定め、国造(くにのみやつこ)・県主(あがたぬし)・稲置(いなぎ)などを任命するなど国家の体制を整備した。在位60年、190年6月に崩御。崩年は107歳。
高句麗/宮(太祖大王)が、後漢の幽州刺史の馮煥、玄菟太守の姚光、遼東太守の蔡諷らが侵攻してきたので、王弟の遂成(すいせい、スソン。後の次大王)を派遣して迎撃させ、却って玄菟・遼東を攻めて捕虜二千を得るなどして領土を拡張。
ローマ/ 4月26日、ローマ帝国皇帝マルクス・アウレリウス・アントニヌスが生まれる。(『自省録』著者) ローマ帝国のハドリアヌス帝が朝日を見るためにエトナ山を登頂した。
後漢/ 後漢の宦官(紙の製法を発明した人物)、蔡倫が死去。
122年:壬戌
高句麗/宮(太祖大王)が、馬韓や穢貊とともに玄菟・遼東に攻め入ったが、扶余王が漢軍を助けたために敗退を余儀なくされる。
後漢/延光に改元。 ハドリアヌスの長城が着工される。
124年:甲子
再建されたパンテオンが完成する。
125年:乙丑
ローマ/テレスフォルスがローマ教皇になる
126年:丙寅
後漢/永建に改元。
ローマ/ 8月1日、後のローマ皇帝ペルティナクスが生まれる。
127年:丁卯
世界規模で大洪水が発生。
後漢/後漢末期の学者、鄭玄が生まれる。
日本/ずっと雨が降り続くという最大規模の災害が発生。過去数千年の中で最大規模の降雨量。
128年:戊辰
百済/己婁王が死去。蓋婁王が即位。
130年:庚午
インド/クシャーナ王朝でカニシカ王(ガニシュカ大帝)が即位。(別説あり) カニシカ王の統治期間には諸説あるが、近年発見された「ラバータク碑文」によりその系譜は確定された。 カニシカ王即位とほぼ同時期に作成されたのが「カニシカ王の舎利容器(ペシャーワル博物館蔵)」。
ローマ/ 12月15日、後にマルクス・アウレリウス・アントニヌスと共に統治した共同皇帝ルキウス・ウェルスが生まれる。
大和/ 12月24日、第12代天皇であり日本武尊の父でもある景行天皇が死去。
131年:辛未
大和/第12代景行天皇が死去。
ローマ皇帝ハドリアヌスがサルウィウス・ユリアヌスに命じ法典『永久告示録』を編纂させる。
132年:壬申
後漢/ 陽嘉に改元。 張衡が地震計を発明 後漢末期の官僚、書家である蔡そんが生まれる。
ユダヤ/バル・コクバの乱が発生
133年:癸酉
ローマ/ 1月30日、後のローマ皇帝ディディウス・ユリアヌスが生まれる。
134年:甲戌
新羅/祇摩王が死去。逸聖王が即位。
135年:乙亥
ローマ/ローマ帝国がユダヤ人の蜂起を鎮圧。 エルサレムは「アエリア・カピトリナ」と名前を変えられ、ユダヤ人の立ち入りが禁止される(ディアスポラ)。 ウェヌスとローマ神殿が完成する。
136年:丙子
ローマ/ローマ教皇テレスフォルスが死去。(別説あり)
後漢/永和に改元。
137年:丁丑
後漢/後漢末期の政治家、王允が生まれる。
138年:戊寅
ローマ/ 7月10日、ローマ皇帝ハドリアヌスが死去。
7月11日、第15代ローマ帝国皇帝アントニヌス・ピウスが即位。
139年:己卯
ローマ/ハドリアヌスの霊廟「サンタンジェロ城」が完成。
140年:庚辰
インド/クシャーナ王朝でカニシカ王(ガニシュカ大帝)が即位。(別説あり)
後漢/後漢の天文学者、劉洪が生まれる。
ローマ/ローマ帝国の政治家ペスケンニウス・ニゲルが生まれる。
アルサケス朝パルティアの王ミトラダテス4世が死去。
141年:辛巳
作家、ビュブロスのフィロンが死去。
142年:壬午
後漢/漢安に改元。 アントニヌスの長城が着工される。
144年:甲申
後漢/建康に改元。
145年:乙酉
後漢/永憙に改元。
146年:丙戌
ローマ/ 4月11日、後のローマ皇帝セプティミウス・セウェルスが生まれる。
高句麗/ 8月。宮(太祖大王)は、遼東郡西安平県を攻め、帯方県の令を殺し楽浪太守の妻子を奪い取る。 12月。王弟である遂成に異心のあることを見抜いた高福章らは王に遂成を誅殺することをすすめたが、王はこれを聞かず、遂成に王位を譲り、引退してしまった。 遂成は次大王となって直ちに高福章を処刑し、側近であった奸臣を取り立てて高位につけた。 さらに太祖大王の嫡子の莫勤(ぼきん、モゴン)を殺させ、これを聞いた莫勤の弟の莫徳(ぼとく、モドク)は自ら縊死した。 次大王が即位する。 後漢/本初に改元。
147年:丁亥
大和/ 倭国大乱が発生。
弥生時代後期の2世紀後半に倭国で起こったとされる争乱。
中国の複数の史書に記述が見られる。倭国の地域は特定されていないが、列島規模であったとする見方もあり、日本史上初の大規模な戦争(内戦)だとする意見もある。 女王国ではもともと男子を王としていたが70~80年を経て倭国が相争う状況となった。争乱は長く続いたが、邪馬台国の一人の女子を王とすることで国中が服した。名を卑弥呼という。以上の内容が、中国の歴史書『三国志』(魏志倭人伝)や中国の正史『後漢書』「東夷伝」に記述されている。 倭国大乱については、189年ごろまでの約40年間という期間まであった事が見受けられる。成務天皇の国家の体制を整備した上での事? 後漢/建和に改元。
148年:戊子
パルティア出身の仏教僧安世高が後漢の洛陽に来訪。
150年:庚寅
後漢/和平に改元。