西暦301年〜350年

301年:辛酉
西晋/ 元号を永寧に改元。
1月、趙王(司馬倫)は、恵帝を幽閉し自ら即位する。 しかし、趙王(司馬倫)および側近の孫秀に権力が集中したことに不満な斉王(司馬冏(けい))は、恵帝の弟である長沙王(司馬乂(がい))、成都王(司馬穎(えい))、そして、高祖宣帝(司馬懿)の甥の子にあたる河間王(司馬ギョウ)を洛陽に集る。 4月、斉王(司馬冏)によって、趙王(司馬倫)が殺害される。 後の東晋の第2代皇帝、明帝 (東晋) が生まれる。
大和/ 福岡県沖の島で盛んに祭祀が行われる(平安時代の初め頃まで続く)。
ローマ/ 9月3日。サンマリノが独立。 アルメニアが世界初のキリスト教国となる。
302年:壬戌
西晋/元号を太安に改元。 恵帝を復位させた斉王(司馬冏)は、やがて政治の実権を自らに集中させ、恵帝の皇太子も独断で決定した。 12月。これに対し、長沙王(司馬乂)、成都王(司馬穎)、河間王(司馬ギョウ)は再び決起する。 斉王(司馬冏)を殺害。 かつての魏の第5代皇帝、曹奐が死去。
ペルシア/ サーサーン朝ペルシア帝国でホルミズド2世が即位。
高句麗/ 美川王が玄菟郡に侵入し、捕虜八千を得る。
303年:癸亥
西晋/ 長沙王(司馬乂)、成都王(司馬穎)、河間王(司馬ギョウ)の誰が、政治の実権を握るかで仲間割れをおこす。 後の東晋の書家、王義之が生まれる。
張昌/ 西晋から張昌が独立。 元号を神鳳に定める。
成漢/ 西蔵(越)?族の一派である巴ソウ族(または巴?とも呼ばれる)の李雄が蜀に攻め入る。 成漢を建国する。 元号を建初に定める。
ローマ/ ローマの横領者Magnentius(マグネンティウス)が生まれる。 ディオクレティアヌスによる最後のキリスト教徒大迫害が始まる。 3月4日。ニコメディアび聖アドリア(ハドリア)が殉教する。 4月23日。キリスト教の聖職者の一人ゲオルギウスが死去。 カッパドキア人、ローマ帝国軍の百人隊長、ビザンチウムの聖職者Acacius (アカシウス)が死去。 聖職者カエサリアのRomanus(ロマヌス)が死去。 ローマカトリックの聖人、聖職者Cessianus(セッシアヌス)が死去。 ウルビノの聖なる後援者Crescentinus(クレッセンティウス)が死去。 Saint Cyrianus(聖セイリアヌス)が死去。 ローマの兵士、聖職者Expeditus(エクペディトゥス)が死去。 マウレタニア出身のキリスト教の殉教者Victor Maurus(ヴィクター=マウルス)が死去。 ローマの聖人ローマのAnthimus(アンスィムス)が死去。 シチリアのキリスト教の聖人Vitus(ヴィトゥス)が死去。
テオティワカン/ メキシコのテオティワカン文明が繁栄する。
304年:甲子
中華/ 永嘉の乱が起こる。 匈奴の劉淵が大単于を自称。中国北部は五胡十六国時代の戦乱に入る。
西晋/ 1月。長沙王(司馬乂)が、成都王(司馬穎)、河間王(司馬ギョウ)に攻め滅ぼされる。 元号を永安に改元。 7月。成都王(司馬穎)が皇太弟/丞相として政治を司るようになるが、洛陽にとどまることを危険と考えた成都王(司馬穎)は、河間王(司馬ギョウ)の部下、張方に洛陽を統治させた。 次第に成都王(司馬穎)が勝手に政治を行うようになり、それに対し、今度は司馬懿の甥の子である東海王(司馬越)と恵帝の末弟である予章王(司馬熾)が反旗を翻す。 元号を建武に改元。 8月。一旦は成都王(司馬穎)に敗れた東海王(司馬越)・予章王(司馬熾)であったが、匈奴や鮮卑などの異民族を傭兵に雇い、やがて成都王(司馬穎)を皇太弟の座から追い払った。 11月。成都王(司馬穎)は洛陽の張方のもとへ逃れ、張方は河間王(司馬?)の本拠地・長安への遷都を強行した。成都王(司馬穎)は河間王(司馬ギョウ)・東海王(司馬越)の和解のために廃される。 元号を永興に改元。 西晋代の政治家、ソツ紹が死去。 前趙/ 西晋から前趙が独立。建国に至る。 元号を元熙に定める。
成漢/ 西晋から成漢が独立。 元号を建興に改元。
百済(伯斉)/ 汾西王が死去。比流王が即位。
ローマ/ 1月21日。キリスト教の聖人、聖アグネスが死去。
305年:乙丑
西晋/ 洛陽を守護していた張方と成都王(司馬穎)を攻めた東海王(司馬越)であったが、河間王(司馬ギョウ)が講和を申し込み収束する。
東ローマ/ 5月1日。ディオクレティアヌスが退位し、テトラルキア体制が動揺する。ディオクレティアヌスはサロナ近郊のスプリトの宮殿に引退する。
西ローマ/ 5月1日。マクシミアヌスが西ローマ正帝を退位。(しかし再び306年、310年に登位)
306年:丙寅
西晋/ 5月。和解に反対する張方を殺した河間王(司馬ギョウ)は、東海王(司馬越)との和解を試みるが、東海王(司馬越)は長安を占領し、司馬?軍を壊滅させて勝利した。 10月。成都王(司馬穎)は逃亡するも捕らえられ処刑される。 11月。恵帝が死去。 東海王(司馬越)は、死去した恵帝のあとに予章王(司馬熾)を懐帝として即位させ、自らはその補佐を行った。 元号を光熙に改元。 12月。河間王(司馬ギョウ)は東海王(司馬越)に呼び出される途中、殺害された。 五胡十六国時代の前涼の第4代世祖文公、張駿が生まれる。
成漢/ 元号を晏平に改元。
西ローマ(ガリア)/ 7月25日 - コンスタンティヌス朝の創始者であり西ローマ帝国皇帝コンスタンティウス・クロルスが死去。 7月25日。コンスタンティヌス2世が、ガリアで西ローマ帝国皇帝に即位。 マクシミアヌス、一度目の西ローマ正帝復位。
307年:丁卯
西晋/ 元号を永嘉に改元。
西ローマ/ 11月16日 。西ローマ皇帝フラウィウス・ウァレリウス・セウェルスが死去。 西ローマ帝国副帝のフラウィウス・ウァレリウス・セウェルスが正帝に就任。
308年:戊辰
前趙/ 元号を永鳳に改元。
敦煌?/ 竺法護(じくほうご)による266年以来の訳経作業が終わる。 敦煌・酒泉(甘粛省)・長安(陝西省)・洛陽(河南省)と游行を行ないながらの訳経であったという。
ローマ/ ローマ帝国でリキニウスが即位。
309年:己巳
前趙/ 元号を永鳳に改元。
ペルシア/ サーサーン朝の第8代君主ホルミズド2世が死去。 後のサーサーン朝の第9代君主シャープール2世が生まれる。 ローマ/ ローマ皇帝コンスタンティヌス1世によりソリドゥス金貨(ノミスマ)が発行される。
310年:庚午
亀茲(クチャ)の僧侶、仏図澄が洛陽に来て仏教を布教。
前趙/ 前趙の初代皇帝(高祖・光文帝)劉淵が死去。 元号を光興に改元。
新羅/ 基臨王が死去。訖解王が即位。
ローマ/ ローマ帝国の著述家アウソニウスが生まれる。
西ローマ/ マクシミアヌス、2度目の帝位復帰。 7月。西ローマ正帝マクシミアヌスが死去。
大和/ 3月31日。第15代天皇、応神天皇が死去。あおの後、皇位は菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)皇子と、大雀命(おほさざきのみこと)が互いに譲り合う形となる。その3年の期間は空位となった。
311年:辛未
中国/ 永嘉の乱。華北への異民族侵入が激化し洛陽が陥落。 懐帝(予章王:司馬熾)と東海王(司馬越)が対立し、逃亡先で東海王(司馬越)が病死。 その隙を狙って、漢軍が洛陽が陥落した。 懐帝は漢の都の平陽(山西省臨汾県)に連行された後に処刑され、事実上、西晋は死に体となった。 八王の乱が終焉する。
前趙/ 元号を嘉平に改元。
ローマ/ 5月5日。ローマ皇帝ガレリウスが死去。
312年:壬申
東晋/ 後の東晋代の政治家・軍人、桓温が生まれる。
後趙/ 後の五胡十六国時代の後趙の第2代皇帝、 石弘が生まれる。
成漢/ 後の五胡十六国時代の成漢(前蜀)の第5代皇帝、李期が生まれる。
西ローマ/ 10月28日。ミルウィウス橋の戦いが起こる。 コンスタンティヌス1世がマクセンティウスを破り、西ローマ帝国の単独皇帝に即位。 ローマ皇帝マクセンティウスが死去。 大和/応神天皇の崩御の後、最も有力と目されていた菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)皇子が大鷦鷯尊(おおさざきのみこと)に皇位を譲位するために自殺。
仁徳天皇元年(313年):癸酉
大和/ 仁徳天皇即位。名を大鷦鷯尊(おおさざきのみこと)という。 「仁徳」という漢風諡号にふさわしく、その治世は仁政として知られ、倹約のために宮殿の屋根の茅さえ葺き替えなかったという逸話などが知られる。「宋書倭国伝」に記録される「倭の五王」のうちの讃(さん)あるいは珍(ちん)ではないかという説があるが確定はしていない。 都は難波高津宮(なにわのたかつのみや、現在の大阪府大阪市中央区か)。都については、記紀の記録が雄略天皇御代まで見当たらない事を考えると、この期間は難波高津宮が首都であった可能性が高い。
ローマ/ ローマ皇帝ディオクレティアヌスが死去。 ローマ皇帝コンスタンティヌス1世とリキニウスがミラノ勅令でキリスト教を公認する。 高句麗/ 楽浪郡を滅ぼす。これにより、楽浪郡と帯方郡が併合。
西晋/ 第3代皇帝、懐帝が死去。
前涼/ 前涼が建国される。元号を建興に定める。(西晋の元号を使用)
314年:甲戌
国/ 中国仏教の指導者、釈道安が生まれる。 東晋代の僧、支遁が生まれる。
ローマ/ 1月10日。ローマ教皇ミルティアデスが死去。 マガダ国おいて、チャンドラグプタが台頭する。周辺の国々をまとめあげ、北インドの統一を開始。
315年:乙亥
前趙/ 元号を建元に改元。
代/ 代が建国。元号は定められておらず、穆皇帝(拓跋猗盧)が即位。 フォロ・ロマーノのコンスタンティヌスの凱旋門が建設される。
316年:丙子
前趙/ 前趙が西晋を滅ぼす。元号を建元に改元。
西晋/ 晋王朝滅亡。西晋の王族・司馬睿は江南に逃れ、東晋を建国。
代/ 穆皇帝(拓跋猗盧)が死去。 文平皇帝(拓跋普根)が即位するが死去。 哀帝が即位するが死去。 平文皇帝(拓跋鬱律)が即位。
317年:丁丑
東晋/ 司馬睿(元帝)が東晋を建国 。元号を建武に定める。
???年
グプタ朝チャンドラグプタ1世が、北インドの小国リッチャヴィー朝より、クマーラ・デーヴィーを王妃として娶る。 リッチャヴィー朝は、ゴータマ・シッダールタが出自の釈迦族の系統であり、この当時より女神ドゥルガーの化身である巫女クマラが存在していたように思われる。
318年:戊寅
東晋/ 元号を大興に改元。
前趙/ 元号を漢昌に改元。→光初に改元。
319年:己卯
東晋/ 東晋から司馬保が謀反か。元号を建康とする。
後趙/ 前趙から後趙が独立して建国。明皇帝(石勒)が即位。 インドでチャンドラグプタ1世がガンジス川中流域を征服し、北インドの統一に成功する。 チャンドラグプタ1世は、パータリプトラを首都におき、グプタ朝を建国。 かつての、マウリヤ朝を建国したチャンドラグプタを継ぐ者として同名を名乗った。 血縁関係があったのかは不明。
320年:庚辰
インド/グプタ朝にて、この年にグプタ紀元を制定。 以降、北インドではグプタ紀元が暦となる。
322年:壬丑
東晋/ 東晋で王敦の乱( - 324年)が起こる。 元号を建康に改元。
323年:癸未
東晋/ 元号を太寧に改元。
具体的な年代は不明だが、北インドの小国リッチャヴィ朝が東へ移動し、ネーパーラ国リッチャヴィ朝を建国する。 リッチャヴィ朝は、釈迦族の血族とクマラの週間を持ち合わせる事から、仏教やバラモン教をも含め、様々な思想が混在する文化の国であった。 そのため、当時バラモン教の排他的な側面を文化とする隣国ティーラブクティ国とは対立関係にあった。
324年:甲申
代/ 平文皇帝(拓跋鬱律)が死去。恵皇帝(拓跋賀辱)が即位。
※平文皇帝の没年には諸説あり、最も有力なのは321年。
東晋/ 琅邪王司馬睿(のちの元帝)を擁立し、従弟の王導と共に東晋を建国した王敦が死去。
ローマ/ クリュソポリスの戦いで、西方正帝コンスタンティヌス1世が東方正帝リキニウスに勝利する。 西ローマ帝国正帝リキニウスが死去。 リキニウスは処刑されテトラルキアは完全に崩壊。 コンスタンティヌス1世、東西ローマ帝国の統一を成し、単独皇帝となる。 ローマ教皇シルウェステル1世によりローマのサン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂の献堂式が行われる。
325年:乙酉
代/ 恵皇帝(拓跋賀辱)が死去。煬皇帝(拓跋カン那)が即位。
東晋/ 東晋の第2代皇帝、明帝が死去。成帝が即位。
ローマ/ 5月20日 、第1回ニカイア公会議。ニカイア信条を採択、復活祭の日付を制定。 ローマ帝国による剣闘士の禁止。 ベツレヘムに生誕教会 建設。
326年:丙戌
東晋/ 元号を咸和に改元。
327年:丁亥
東晋/ 蘇峻の乱が起こる。
328年:戊子
東晋/ 後趙が起こる。 元号を太和と定める。
329年:己丑
後趙/ 前趙を滅ぼす。
代/ 煬皇帝(拓跋カン那)が攘夷。烈皇帝(拓跋翳槐)が即位。
330年:庚寅
ローマ/ ローマ皇帝コンスタンティヌス1世がビュザンティオンを新首都と定める(コンスタンティノポリス)。
後趙/ 元号を建平に改元。 前趙を滅ぼし華北の大半を併せた後趙の石勒が皇帝となる(高祖明帝)。
331年:辛卯
ローマ/ 12月6日。後に「背教者」の異名を持つローマ皇帝フラウィウス・クラウディウス・ユリアヌスが生まれる。
高句麗/ 2月。第15代の王、美川王が死去。故国原王が復位。
332年:壬辰
ローマ帝国でコロヌスの土地緊縛令。
333年:癸巳
エチオピア/ アクスムにキリスト教が伝わる。
334年:甲午
東晋/ 西晋・東晋の武将、陶侃が死去。
後趙/ 元号を延熙に改元。
335年:乙未
東晋/ 元号を咸康に改元。 後の前秦の皇帝、苻生が生まれる。
後趙/ 元号を建武に改元。
成漢/ 元号を玉恒に改元。
代/ 烈皇帝(拓跋翳槐)が譲位。煬皇帝(拓跋カン那)が即位。
ローマ/ 聖職者、神学者ニュッサのグレゴリオスが生まれる。 12月31日。ローマ教皇シルウェステル1世が死去。
インド(北部)/ グプタ朝の王チャンドラグプタ1世が死去。 チャンドラグプタ1世とクマーラデーヴィーの間には、多くの子供がいたが、その中でサムドラグプタを後継者に指名。 チャンドラグプタ1世は、死の直前に、ディグヴィジャヤ(世界征服)を遺言とした。 チャンドラグプタ1世が逝去して直後は、後継者争いがあったが結果として、サムドラグプタが王位を継いだ。
337年:丁酉
帝(拓跋カン那)が譲位。烈皇帝(拓跋翳槐)が復位。
前燕/ 遼東にて、慕容?(ぼようこう)が燕王を称し、前燕を建国。
東晋/ 東晋時代の僧、法顕が生まれる。
ローマ/ 5月22日。ニコメディアでローマ皇帝コンスタンティヌス1世が死去。コンスタンティヌス1世の息子たちでローマ帝国が三分割される
338年:戊戌
東晋/ 後の五胡十六国時代の前秦の第3代皇帝、苻堅が生まれる。
代/ 元号を建国に改元。
成漢/ 元号を漢興に改元。
339年:己亥
東晋/ 西晋及び東晋の政治家、王導が死去。
340年:庚子
大和/ 皇紀1000年となる。
342年:壬寅
高句麗/ 朝鮮半島で前燕に攻略され、一時的に壊滅状態になる。
前燕/ 竜城に遷都
343年:癸卯
東晋/ 元号を建元に改元。 西晋・東晋朝中国の道教研究家・著述家、葛洪が死去。
344年:甲辰
東晋/ 東晋の書家、王献之が生まれる。
成漢/ 元号を太和に改元。
百済(伯斉)/ 比流王が死去、契王が即位。
345年:乙巳
東晋/ 元号を永和に改元。
346年:丙午
百済(伯斉)/ 朝鮮半島で伯斉が馬韓を統一して百済を建国する。 契王が死去、近肖古王が即位。
成漢/ 元号を嘉寧に改元。
347年:丁未
ローマ/ 1月11日。後に東西帝国を統一する最後のローマ皇帝テオドシウス1世が生まれる。
大和/ 6月。仁徳天皇の皇后、磐之媛命が死去。(日本書紀) 東晋の桓温が成漢を滅ぼし四川を併合。
348年:戊申
前燕/ 太祖文明帝(慕容統)が死去、烈祖景昭帝(慕容儁)が即位。 五胡十六国時代の西域からの渡来僧であり中国仏教の指導者、仏図澄が死去。
349年:己酉
後趙/ 元号を太寧に改元。
350年:庚戌
中国六朝時代の訳経僧、鳩摩羅什が生まれる。
前涼/ 五胡十六国時代の前涼の第8代君主、張玄?が生まれる。
前燕/ 五胡十六国時代の前燕の第4代(末代)皇帝、慕容?が生まれる。
後趙/ 元号を青龍に改元。 五胡十六国時代の後趙の第6代皇帝、石鑑が死去。 元号を永寧に改元。
冉魏/ 冉閔が、後趙の石氏ら胡族を虐殺し、漢民族優位の冉魏を建国。 元号を永興に定める。
エチオピア/ アクスム王国がキリスト教を国教とする。
ローマ/ ローマ帝国の共同皇帝コンスタンス1世が死去。