紀元前200年〜100年代

前200年
中国の文献によれば、この頃の日本は、100余の国々の集まりのある島国であり、それを総称して倭国と呼称していた。
中国/匈奴の冒頓単于が前漢の劉邦を破る。
マヤ/ツォルキンが、マヤの民に対して、テオティワカンの古代神殿の跡地に、巨大な複合建築物「太陽の神殿」を建設させる。
前???年
ペルー北部のアンデス高地にあった、チャビン文化が衰退し、そのまま滅亡していく。この頃、またすでにペルー南海岸やチチカカ湖周辺で新しい文化が始まる。
前196年
秦末期から前漢初期にかけての武将/韓信が死去。
前195年
前漢で恵帝が即位(- 紀元前188年)。呂后の専横が始まる。 燕の衛満が箕氏朝鮮を滅ぼし、衛氏朝鮮を建てる。(-108年)
前193年
秦末期から前漢初期にかけての政治家/蕭何が死去。
前192年
ローマとセレウコス朝のアンティオコス3世が戦争(‐紀元前188年)。
前190年
バクトリアが西北インドに進出。
前188年
アパメアの和約。シリア、ヨーロッパから撤退する。
前186年
秦末期から前漢初期にかけての政治家/張良が死去。
前180年
前漢で呂后死亡。呂氏一族が誅殺され、文帝が即位(- 紀元前157年)
グレコ・バクトリア王/メナンドロス1世(ミリンダ王)と、ナーガセーナ長老との問答。
(ミリンダ王の問)
インド/マガダ国マウリヤ朝が滅亡。
前178年
秦末期から前漢初期にかけての政治家/ 陳平が死去。
前176年
前漢時代の儒学者/董仲舒が生まれる。(-前104年)
前174年
匈奴の単于/冒頓単于が死去。
前167年頃
ユダ・マカバイがエルサレム神殿を回復。
ハスモン王家によるユダヤ支配のはじまり。
前163年
ローマ護民官、ティベリウス・センプロニウス・グラックス(グラックス兄弟/兄)が生まれる。( - 前132年)
開化天皇の御代、(前157年-)
『古事記』若倭根子日子大毘毘(わかやまとねこひこおおびび)命と記す。 『日本書紀』では、稚日本根子彦大日日尊(わかやまとねこひこおおひのみこと)という。欠史八代の一人で、実在しないと考えられている。(実在の人物とする説がある) 春日の伊邪河(いざかわ)宮に坐(ま)しまして、天の下治らしめしき。(この後は、四人の比売(ひめ)を娶り、五人の御子をもうけ、そのうちの一人が崇神天皇であり、ほかの御子達も結婚し孫が出来、そのうちの一人が垂仁天皇であり、そのうちの一人が神功皇后であり、それぞれが国や部の祖となった、と記している。)天皇の御年、六十三歳(むそぢまりみとせ)。御陵は伊邪河の坂の上にあり。(『古事記』)春日の伊邪河宮は、奈良市。 前漢で景帝が即位(- 紀元前141年)
前156年
前漢の第7代皇帝/武帝が生まれる。(-前87年)
前154年
現、太陽星系が魚座の時代に移行。(宗教を象徴する時代)
前漢で呉楚七国の乱。
ローマ護民官、ガイウス・センプロニウス・グラックス(グラックス兄弟/弟)が生まれる。( - 前121年)
紀元前150年
みずへび座ベータ(B)星が南極星であった。
前148年
ローマがマケドニアを属州にする。
前146年
ローマがギリシアを属州にする。 第3次ポエニ戦争が終り、カルタゴがローマによって滅ぼされる。
前145年
歴史家、『史記』の著者/司馬遷が生まれる。(-前87年)
前141年
前漢で武帝が即位(- 紀元前87年)
前139年
前漢の張騫が大月氏(インド)に派遣される。
前136年
前漢は五経博士を置き儒教を重用する。
前133年
ローマでティベリウス・センプロニウス・グラックスが護民官となる。
前129年ごろ
パルティアがクテシフォンを首都とする。
前123年
ローマでガイウス・センプロニウス・グラックスが護民官となる。
前121年
河西の匈奴が前漢の霍去病に討たれる。
前111年
前漢の武帝が南越を滅ぼす。
紀元前110年
前漢の武帝が泰山で封禅の儀を執行する。
前108年
前漢の武帝が衛氏朝鮮を滅ぼし楽浪郡・真番郡・臨屯郡・玄菟郡の4郡を置く。