紀元前8000年〜6000年代

前8000年頃
中東で農耕が広まり、新石器時代に移行する。
ヨーロッパでは中石器時代で、細石器が普及する。 日
本、縄文時代早期。隆線文・爪形文・無紋土器がつくられる。
局部磨製石斧がつくられる。
女性像を線刻した小礫がつくられる(愛媛県上黒岩遺跡)。
西アジア〜西ヨーロッパ・北アフリカ〜エーゲ海で、細石器が普及する。
ヒツジ・ヤギ・ブタが飼われ始める。 フランスのトゥールーズ近郊マス・ダジール(アージル文化の標準遺跡)の中石器文化栄える。
前7500年頃
中国長江流域で彭頭山文化がはじまる。
千葉県の西之城(にしのじょう)貝塚と神奈川県の夏島(なつしま)貝塚が作られる。そこから出た土器を手懸かりにおおよその年代を割り出すと、現在まで発見された貝塚の中で最も古い時期の貝塚ということができる。
アヌンナキがナイル川流域の人間を、ロボットのようにするための実験を行なうための文明を作る。 己を神として崇めるように社会を構築し、おびただしい人体実験を行なう。 しかし、そのうちに、ニビル人自体が、人間として転生する必要を感じるようになり、この頃より地球の輪廻転生のサイクルにはいる。
前7370年頃
何らかの理由で、イェリコの集落が放棄される。
その後、それまでとは異なる文化をもつ人々がイェリコに定住した。
前7300年頃
九州・屋久島近くの海中で、アカホヤ噴火が発生。
日本で最後に発生した破局噴火。鬼界カルデラの形成。 九州南部の縄文文化を滅ぼした。
前7220年頃
イェリコの地に新たな文化が形成される。
前7200年頃
メソポタミア-バビロニア一帯の氷河が完全に融解する。 世界各地で女神崇拝が始まる。
ニビルが太陽系に最も近づき、地球に干渉。メソポタミア-バビロニア一帯に到着。(後に「エデンの地」と名付けられる。) アヌンナキがニビルに帰還する。
ニビル人が男根を意図するストーンヘンジを作成する。(砂漠に埋もれている?)
ニビル人と人間との間で、人間の尊厳を考慮した異種交配が始まる。 ただし、この時においての女神崇拝は、本来のものではなく、ニビル人が選んだ人間の女性を女神と立て、人間たちには、神との異種交配の優先を強いた。

この時期におけるメソポタミアの先史は、ハッスーナ期と呼ばれている。
カナンの先住の民は、隕石を御神体とし、ツロに最初の神殿を設けた。
前7100年頃
鹿児島県南方沖の海底火山(鬼界カルデラ)が噴火。
この噴火は地球史上、最大規模の噴火であったとされている。火砕流は半径100kmの範囲に広がり、大分県でも50cmもの厚みのある火山灰層が観察される。当時、南九州地方において形成されていた縄文人のコロニーは絶滅した。
前7000年頃
南アジアのメヘルガル遺跡で定住農耕生活。
北西ヨーロッパには森林が広がり、狩人達が新たな狩猟具を手にして獲物を追い始めていた。 投げやりに替わって、弓矢が普及した時代で、中石器時代と呼ばれる。
北アメリカでは、気候が温暖化し、マンモスが姿を消す。
遊牧インディアンは定住・農耕生活へと向かう。
日本では縄文時代早期。温暖化が進み、海水面は現代とほぼ同じとなる。
中国黄河流域で裴李崗文化が誕生。
アワなどを栽培する農耕を行い、中国最古の土器をつくる。河南省舞陽県の賈湖遺跡などが見つかっている。
現在のメキシコを中心とする地域で、トウモロコシが栽培される。
前7000年-紀元前6700年頃
神奈川県夏島貝塚で最古の犬の化石が発見。
前6652年頃
現、太陽系が双子座の時代へ移行。
前6500年頃
世界中にて大きな災害があったとされている。(第3次世界崩壊?もしくはポールシフト)
日本では大地震が発生。 (後、青森にて村(群ともいう)が発生(前4000-前1500)。:丸山三内遺跡より)
プレアデス星間リーグよりラーが地球に来訪。
ラー(Ra)は、収穫/ヒーリングのためのピラミッドの設計を検討する。

このころ、メソポタミアにて、いくつかの集落が発達、最初の陶器が作られる。(ウバイド文化の成立→ウバイド文明へ)
また金や銅が使われ始め、ウシの飼育も行われた。
ブリテン島がヨーロッパ大陸から分離、島となる。
前???年頃
チベットにあったアーリア人が、インド亜大陸に移動。
アーリア人は五色人のひとつ碧色人(アオヒト)に属する人種とされている。このアーリア人たちは、シャンバラ(崑崙)から来た者たちと言われている。シャンバラは崑崙山脈と天山山脈の間にある、現物理世界では来訪する事の叶わない光の都市の事(アトランティスII期に創設された7つの光の都市のひとつ)。モンゴルからタクラマカン(タクラマカン砂漠は現在こそ広大な砂漠だが、その下に埋もれていた様々な遺跡の発見から、当時は砂漠ではなく肥沃な土地であり、そこに巨大な都市国家が形成されていた事が判明している。)を経てチベットまで移動してきた。この時、彼らはすでに滅亡しているアトランティスの文化を継いでいたものと推測する。
先にインド亜大陸にあった赤色人(アカヒト:五色人のひとつ。レムリア文明を継いだ者たちとされている)のドラヴィダの民を蛮族と位置付け、対立した。
インド神話で有名な、天帝インドラとアスラ王の戦いは、この時期の様子を語ったものであると考えられる。
後世においても、アーリア人はインドに移動してきており、紀元前1500年頃にペルシア系アーリア人の侵攻によって、ドラヴィダ人は衰退していく事となった。当時に編纂されたと考えられる「リグ=ヴェーダ」においては、アーリア人は「デーヴァ(神の民)」とされ、虐げられた先住民の赤色人のドラヴィダの民は「ア=スラ(非天)」と位置付けられた。
ドラヴィダの民はヴァルナを祖とし、アムルガ=スワミ(アムルガン)を神としていた。アムルガ=スワミは、仏教においては孔雀明王の事であるが、その姿からはおそらくサナト=クマラのひとりであると考えられる。
前6100年頃
ノルウェー海で大津波による大規模な地すべりが発生。