紀元前3000年〜2500年代

前2955年頃

エジプト初代王朝ファラオ/ジェルが死去。
前2950年頃
セメルケトが初めてネブティ名を用いた。
前2925-2776年
エジプトで戦争が起こった。
前2920年頃
エジプト初代王朝にて、ジェトが第3代ファラオとなった。
前2900頃
ウルがシュメールで最も栄えた都市になった。
前2900年-前2750年頃
大洪水がおこる。この大洪水において、最も可能性が高いのは2807年の小惑星衝突ではないかと推定。
この災害は、イラクにおけるキシュの街(遺跡)の発掘調査で、実際に大洪水があったとおもわれる痕跡が発見された事によるもの。
伝承については、一箇所ではっせいしたものか、同時多発的に発生したものか、今のところ不明。
バビロニアのギルガメシュ叙事詩によれば、 Sin-liqe-unninnによる He who saw the deep版(タブレット11)の終わりのほうに、大洪水の参照がある。
不死を追い求めていたギルガメシュ王は、一種の地上の楽園・ディルムンで、ウトナピシュティム(英語版)(シュメール神話のジウスドラ(英語版) zi.u4.sud4.ra2 をアッカド語に直訳した名前)に出会う。
ウトナピシュティムは、大洪水によってすべての生命を破壊するという神の計画について、エア神が彼に警告し、船を作って彼の家族や友人、財産や家畜を守るよう指示したことを語る。
大洪水の後、神はみずからの行動を悔やみ、ウトナピシュティムに不死を与える。
バビロニアの『アトラハシス叙事詩』(紀元前1700年までに成立)では、人類の人口過剰が大洪水の原因であるとされている。
1,200年間の繁栄の後、人口増加によって齎された騒音と喧騒のためにエンリル神の睡眠が妨げられるようになった。
エンリル神は当面の解決策として、疫病、飢饉、塩害など人類の数を減らすための全ての手段を講じる神々の集会を援助して回った。
これらの解決策が採られてから1,200年後、人口は元の状態に戻った。
このため神々が洪水を引き起こすという最終的な解決策を取る事を決定した時、この解決策に道義的な問題を感じていたエンキ神は洪水計画のことをアトラハシスに伝え、彼は神託に基づく寸法通りに生き残るための船を建造した。
そして他の神がこのような手段に出るのを予防するため、エンキ神は結婚しない女性、不妊、流産、そして幼児死亡など社会現象の形で新しい解決策を作り出し、人口増加が制御不能になるのを防止した。
インド/ブラーフマナの神話を伝える『シャタパタ・ブラーフマナ』 (1・8・1・1-10) では以下の内容で語られている。
あるときマヌが水を使っていると、手の中に小さな魚が飛び込んで来て「数年後に大洪水で人類が滅亡するが、私を飼ってくれたら洪水の時にあなたを助ける」と話した。
マヌはその魚を飼い始めたが、魚がじきに大きくなったので海に放してやった。
数年後に大洪水が起こり、マヌが魚の残した助言に従って船に乗り込むと、魚が近付いてきた。
魚の角に船を繋ぐと、魚は北のヒマーラヤの高い場所まで船を運んだ。
マヌが船を下りた場所は「マヌの降り場」「マヌの降りた所」と呼ばれている。このようにしてマヌは、全生物を滅ぼす大災害を生き延びることができたが、地上で唯一の人間となってしまった。
マヌは子孫を得るべく苦行を重ね、水に供物を捧げる祭祀を続けた。
1年後、水の中から一人の女性が現れた。ミトラ神とヴァルナ神が彼女を見初めたが、彼女は「自分はマヌの娘でありマヌの元へ行く」と言って去った。
その後彼女はマヌに会い、「あなたが水に捧げた供物から生まれた」と話した。
マヌと女性が始祖となってふたたび地上に人々があふれたという。
カルデア/神官ベロッソスの記述によれば、クロノス神がクシストロスに洪水の襲来を警告し、歴史を記録し、船を造るよう命じた。
船はクシストロスの親類、友人、すべての動物を一つがいずつ乗せるために5スタディア×2スタディアの大きさに作られた。
洪水が起こって水位が上昇し、船に乗り込んだ生き物を残して全てが殺戮された。
水が引いた後クシストロスが船から鳥を放すと、全て戻ってきた。
二度目に鳥を放すと足に泥を付けて戻ってきた。三度目に放すと鳥は戻ってこなかった。
人々は船を離れ、神に供物を捧げた。クシストロスと妻、娘と、航海士は神の元へ運ばれ、神と共に暮らした。
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前2900-2600年頃
1932年に発掘され現在シカゴ大学で所蔵されている像が作られ、エシュヌンナに奉納された。
前2900-2400年頃
シュメール人のピクトグラムから表音文字ができた。
紀元前2900-2334年頃
メソポタミアの早期王朝の間で戦争が続いた。
前2897年
ベトナムで雄王で文郎国を建国した。
前2890年
エジプト第2王朝が起こる。
エジプトでファラオのカアが死去し、エジプト第1王朝が終了。
エジプト第2王朝が始まった。ヘテプセケメイが統治を開始。
首都は第1王朝におなじくメンフィスのまま。
前2886年頃
メトセラ187歳の時、息子メレクが生まれる。
前2874年頃
エジプトで1年を30日ずつの10ヶ月と5日の閏日とする365日制の暦ができた。
前2852年
中国で三皇五帝時代が始まった。
前2832年
カリフォルニア州にあるブリスルコーンパインの老木メトシェラが生まれた。
前2830年
アダム、930歳において死去。
前2807年頃
5月10日頃、日食が起こる。
10月7日、アフリカ大陸と南極大陸の間に小惑星または彗星が落下したということが、洪水伝説の分析から推定される。
洪水により、世界崩壊が起こった事が推定される。
主にアフリカ大陸、マダガスカル、南アメリカ大陸東部、インド洋沿岸地帯で甚大な被害。
いくつかの大洪水伝説を残すポイントのひとつ。
前約2800年頃
エジプトで地球人類の手による最大のピラミッドが建設される。
惑星観測も行われる。
アルクトゥルス星人が、何らかの事故でイタリア半島/エトルリア人の領地に不時着する。以後、彼らはそのまま地球の文化に融合し、生活する事を決意する。
この時、この地域の生物種に遺伝子改変が見受けられる。
北メソポタミア地域で、マルダマンが建設される。(B.C.2800〜2560)
前2800-2700年頃
現在、ニューヨークのメトロポリタン美術館に展示されている「座ったハープ奏者の像」がキクラデス諸島で作られた。
前2790年頃
竜座(ドラコニス)α星/恒星トゥバンが北極星。クフ王のピラミッドは、この星に向けられて創建された。
トゥバン、ラスタバン、エルタニン、りゅう座シグマ星(太陽系から18.8光年)シュトルーフェ2398(太陽系から11.52光年)等。
キャッツアイ星雲の名で知られる惑星状星雲 NGC 6543 があることで知られる。M102とされるレンズ状銀河 NGC 5866 もある。
この星座の元となった竜には諸説ある。
ヘラクレス(ヘルクレス座)の12の冒険の11番目が、この100の頭を持つ竜(ラドン)が守るりんごをとってくることであった。
この竜はヘラクレスに倒されたとも、また、ヘラクレスは直接対面していないという説もある。
どちらにしても、このりんごは神しかとることができないので、ヘラクレスはかわりにアトラスに取りにいってもらった。
星座の中ではヘルクレス座もりゅう座も隣同士にある。
別の説によれば、カドモスに倒された竜であるという。またアルゴ船の冒険で、イアソンらの目的である金の羊の毛皮を守っていた竜だとされる。
前2775-2650年
古代エジプトで第二次戦争が起こった。
前2773年
ヤレドの息子エノクが365歳において、アセンション(昇天)する。大天使メタトロンへの帰結。
前2750-2600年
スリランカのダンブッラで、人骨が発見された墓地遺跡ができた。
前2750年頃 - 紀元後300年
メソポタミアで早期王朝I期が終了し、II期が始まった。
街の王エタナは、大洪水の後、最初にシュメール王朝を成立した。
(それまでは王政ではなかった事が伺える。)
前2750年頃
シルベリーの丘(イギリスにある標高40mの人工の丘)の建設が始まる。
前2737年
中国で神農が茶を発明した。
前2718年頃
アダムの息子、セトが912歳において死去。
前2715年頃
古代エジプトとエジプト古王国が建国された(紀元前2660年との説もある)。
前2704年
メレク182歳の時、息子ノアが生まれる。
前2700年頃
ウル、ウルク、ラガシュなどの多数の都市国家が形成。
そのほか彩文土器や青銅器などを作った。暦は月の満ち欠けに基づく日付が使用された。
都市国家間の戦争が絶えることなく、シュメール人の都市国家は衰退していった。
中央アメリカでトウモロコシの栽培が始まった。
(トウモロコシおばあさんの物語:ネイティブアメリカンの伝承)
原エラム時代から、古エラム時代(古王国時代)へ継承。
原エラム時代とまとめて扱われる事もある。
紀元前2700年頃のアワン王朝の成立から紀元前1600年頃のエパルティ(スッカル・マフ)王朝の滅亡まで頃とされる。
この時代エラム地方はアッカド帝国やウル第3王朝の攻撃を受けて支配下に入っていたが、最後には逆にウルに侵攻してこれを破壊、略奪し、ウル第3王朝を滅亡させるに到った。
文字記録が多く残され始める時代であるが、その後半期は衰退の時代であった。
前2700-2686年頃
エジプト初期王朝時代が終わった。
エジプト古王国が建国された。
前2697年
中国の伝説によると、黄帝が中原を統一し、中国文明が始まった。
前2686年
エジプト第3王朝が起こる。
エジプト第2王朝ファラオ/カーセケムが死去してエジプト第2王朝が終わた。
この時、エジプト初期王朝時代が終わり、エジプト古王国にはいる。
エジプト第3王朝が始まり、エジプト第3王朝ファラオ/サナケトが統治を開始した。
首都は一貫してメンフィスに置かれた。
前2685年頃
ウルのプアビ女王の墓から発見された、雄牛の竪琴が作られた。
前2668年
エジプト第3王朝ファラオ/セルケトが死去した。
前2667年頃
エジプト第3王朝ファラオ/ジェセルの統治が始まった。
前2660年
エジプト初期王朝時代が終わった。
前2650年
第3王朝第2代の王であるジョセル王が階段ピラミッドを建設。
このピラミッドは当初それまでの一般的な墓の形式であったマスタバ(長方形の墓。当時の死生観から地下に生活住居と同じような部屋も設けられていた)で建設されたが、宰相イムホテプによる数度の設計変更を経て、最終的にマスタバを6段積み重ねたような階段状の王墓となった。
現状ではエジプト史上最古のピラミッド。
このピラミッドは以後の王墓建設に巨大な影響を与え、以後マスタバに代わりピラミッドが王墓の中心的な形式となった。
第6密度集合意識体たるRa(ラー:幾億の民の集合体である神的存在)によれば、先史において発見されていないピラミッドがいくつかあるとの事。アラバスターを使用しているものは、本来のピラミッドを模倣したものという。
前2648年頃
エジプト古王国が建国された。
前2630-2611年
エジプトの宰相イムホテプによってサッカラの階段ピラミッドが作られた。
前2627-2000年頃
ペルーの都市カラルが作られた。
前2620年
セトの息子、エノスが905歳において死去。
前2613年
エジプト第4王朝が起こる。 第3王朝最後代のフニ王が死去してエジプト第3王朝が終わった。
エジプト第4王朝が始まり、スネフェルが統治を開始した。
スネフェルは父であるフニの娘と見られる異母妹のヘテプヘレスと結婚した。この説では、ヘテプヘレスが正室の、スネフェルが側室の子とされている。この結婚によって、スネフェルは王位を相続した。
スネフェルとヘテプヘレスの間に、クフ王がいる。
前2613-2494年頃
ギーザでスフィンクスが作られた。
前2600年頃
オリオン・グループ(ネガティブ)、アーリア人思想を人々に残す。
この思想思念形態は「刻印」と称され、後の第3-4密度層の人々に大きく影響をもたらした。
アーリア人思想を持っている者は、「刻印を刻まれた者」と解釈されている。
メソポタミアで初期王朝II期の時代が終わり、IIIa期が始まった。
古代メソポタミア、シュメール初期王朝時代のラガシュ第1王朝最後の王/ウルイニムギナが治世していた。
シュメールの都市国家ウルクをギルガメシュが統治。後にこのギルガメシュを主人公にした叙事詩「ギルガメシュ叙事詩」が編簿される事となる。メソポタミアで初期王朝は紛れもなく、当時のアーリア文化である。
その一方で、インド亜大陸全域において生活をしていたドラヴィダ人の一部が、パキスタン方面に終結していく。パキスタンのインダス川及び並行して流れていたとされるガッガル・ハークラー川周辺にて、都市国家を建設した。これにより、インダス文明が栄える。(-紀元前1800年)
インダス文明でハラッパーとモヘンジョダロが拡大し、全体では2500以上の都市ができた。この面積はエジプトとメソポタミアを合わせたよりも大きく、都市計画に基づいて下水処理のシステムができた。インダス文字もできた。
(ハラッパー文化、最盛期)
ノルウェーのレェディー洞窟で見つかった壁画(スキーをはいた狩人の描写)は、この頃に描かれたという説がある。
エジプト第4王朝スネフェル王がヌビア、リビュア、シナイに遠征隊を派遣して勢力範囲を広げる一方、まず屈折ピラミッドを、さらに世界初の真正ピラミッドである赤いピラミッドを建設。
前2600-2500年頃
デンマークでは野生の馬の狩猟が行われていた。
紀元前2599年頃
エジプト第3王朝ファラオ/フニの治世が始まった。
前2589年頃
エジプトでエジプト第4王朝ファラオ/クフの治世が始まった。
前2578年頃
エジプトでエジプト第4王朝ファラオ/の治世が始まった。
前2578-2515年頃
メンカウラー、カフラー、クフのためにギザの大ピラミッドが作られた。
前2566年頃
エジプト第4王朝ファラオ/クフが死去した。
前2565-2558年頃
エジプト第4王朝ファラオ/カフラーが治世を始めた。
前2550年頃
ギザの大ピラミッドが完成した。
エジプト政府が西部の砂漠のオアシスの開発を始めた。
メスアンネパダがウルクを倒してウル第1王朝を築いた。
前2544-2532年頃
エジプト第4王朝ファラオ/カフラーが死去。
前2532-2533年頃
エジプト第4王朝ファラオ/メンカウラーが治世を始めた。
前2528年
エジプト第4王朝ファラオ/ジェドエフラーが死去。
前2525年
エノスの息子カイナンが910歳において死去。
前2515-2503年頃
エジプト第4王朝ファラオ/メンカウラーが死去した。
前2500年頃
黄帝によって三皇の時代が終わって五帝の時代が始まった。
グリーンランドに最初のイヌイットの移住者が現れる。
現在はボストン美術館に収蔵されている、メンカウラーとその后カメレルネブチ2世の像が作られた。
ストーンヘンジのストーンサークルの建設が始まり、この後500年間続いた。
昭和25年(1950年)での地質学調査により発掘された代々木八幡遺跡によれば、代々木一帯に邑があった事が判明。出土した多数の土器(加曾利E式土器)の測定による。現在、代々木八幡遺跡では、同じく出土した住居跡から古代住居を復元し、その保存に努めている。この年代においては、神代にあたるため、民間の信仰もウガヤフキアエズ朝(ヲシテ朝)もしくは外津神信仰であると推定。ちなみに、代々木八幡宮がこの場所に建立されたのは、1644年の事。(創建は、福泉寺境内の元八幡の宮にあり、鶴岡八幡宮を勧請して1212年に創建された。)