映画「FINAL FANTASY」と惑星の記憶

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前もって言っておきますと、この記事には題材の映画のネタバレがあります。

2005年にハリウッドで製作・公開された映画に『FINAL FANTASY』という映画があります。

この映画はもともとスクエアエニックス社が提供しているゲーム『Final Fantasy』シリーズを映画化したもので、制作費167億円にて制作されたのですが、ただこのゲームをプレイしてきたゲームファンにとっては、内容が期待からはずれていた事で結果的に低い評価だった事や、公開時期が映画『千と千尋の神隠し』と重なっていた事で、興行としては大失敗をした映画と言われています。

しかし、私の個人的な意見としては、ゲームシリーズを通して比較しても、映画としての枠組みという限られた時間のなかで緻密なシナリオ構成であった事や、ゲーム作品と比較せず、映画作品としてみた場合において、とても良い映画だったんじゃないかと考えております。

さてこの映画、どのような内容なのかといいいますと、ガイア理論と「星の記憶」がテーマになっています。
(このテーマがそもそも難しい内容だったような気が....)

物語の舞台は、西暦2065年の地球。
地球に衝突した隕石とともに現れた謎の侵略者ファントムからの襲撃を受け、人類は未曽有の危機に直面します。
このファントムですが、私達が想像する宇宙人というより、触手が生えたよくわからない塊のような姿をしており、何より名前のごとく幽霊みたいな特徴を持っています。
物理的な制限を受けない性質から、壁やら天井やらすり抜けてきます。時には地面からもうねうね出てきます。
人間の武器も一切すり抜け、効果がありません。
その上で、人間が彼らに触れると、肉体から精神を引き剥がされて死んでしまいます。
つまり目に見えるアストラル体のバケモノといったところですね。

そんな感じで、全く打つ手なしなのかと思いきや、
この時人類は生命力を兵器に転用する技術を開発しており、それを持って抵抗を続けているという、そんな背景から物語が展開しています。

この物語の中で主人公は、
その身体をファントムに侵食されつつも、その活動を抑制する事に成功し、夢を通じてファントムが何者であるのかを知る事になります。

その結果として、始めは隕石に乗ってやってきた侵略者たちと思われていたファントム達が、
消滅した惑星の記憶によって生まれた亡霊であり、たまたま地球に流れ着いただけだった事が判明します。
最終的には、地上をはびこるおびただしい数のファントム達を、一斉に融和波動装置で無害な生命エネルギーに転換し、人類の危機を救う、という結末で終わります。

この作品のテーマになっている「星の記憶」は、とても重要なキーワードであるように思います。
それは、宇宙に存在するあらゆる星は、誕生から破壊までのプロセスのなかで、やはりその全ての記憶を有しているからですね。

例えば、地上においては、多くの生物の死における「魄」と「血」が、固有の情報として大地に還元されています。
宗教学的には、皆さんが「カルマ(因果)」と呼称しているものです。地表にあるあらゆる固有の情報が、大地に染み込み、水蒸気として天に上がり、雨として降り注ぎ、海に注がれ、これを繰り返す事で、地球の中心へと情報が蓄積されていきます。
地脈に集約された情報(ライフ=ストリーム)は、巨大な地球の意識と一体化し、サーペント=オブ=ライトの一部となります。

このような惑星レベルでの情報の循環は、宇宙に点在するあらゆる星においても行われている事なのでしょう。

そして、星が寿命もしくは破壊の運命を迎えた時、砕かれた無数の星の欠片が「種」として、そのの星の記憶と共に宇宙を移動し、隕石として次の惑星に降り注ぐ事になります。物理的な事象での表現に例えれば、この一連のプロセスはパンスペルミア説で説明がなされています。そして、それは物理的な現象き限らず、この世界を構成するあらゆる階層において、このような情報の継承がなされている。

映画『FINAL FANTASY』は、そうした情報が集約されて表現されているように感じます。
ぜひいちど、ご覧になられては如何でしょうか。